読書カードに探した、あの人の名前|出会った小説:『放課後の音符』
高校生の頃、一学年上に気になる人がいた。通学バスの中で誰とも群れず、本を読んでいる横顔がきれいな人だった。言葉は交わしたことはなかった。子供の頃の一学年差は大きい。ただ、その年頃の女子特有の、憧れとも恋ともつかない、同性への思いを募らせていた。私はバスの近くに座り、お行儀悪くも、彼女が読んでいる本のタイトルを盗み見ようとした。同じ本を読めば、彼女に近づけるような気がした。が、あいにくいつもきれいなブックカバーがかかっていて、それはかなわなかった。
私は学校の図書室の貸し出しカードを片っ端から調べて行った。あの頃は、本の裏表紙の内側に貸し出しカードを入れるポケットがついていた。借りる人の名前、借りた日、返した日を記入するようになっていて、誰がどの本を読んだか一目瞭然である。今から思えば、どんな本を読んでいるか知られることは、裸を見られるより恥ずかしいので、デリカシーに欠けるシステムにも思えるが、当時は当たり前だと思っていた。
ある一冊に手をかけたとき、かさっと乾いた音とともに、足元にはらりと何かが落ちた。四つ葉のクローバーだった。これは私へのメッセージだと思い、貸し出しカードを引っ張り出すと、果たして彼女の名前があった。カードにはたったひとり彼女の名前があるだけなので、四つ葉の持ち主は容易に特定できた。
その本は山田詠美さんの『放課後の音符(キイノート)』だった。この本を読んだ前と後で、私は少女から女性になったといってもよかった。そして、一足先にそれを読んだ彼女が、他の女子たちとは違って見えることに合点がいった。恋愛小説は恋愛の役に立たないというが、これは実践的恋愛小説だと思った。貸し出しカードの、彼女の下に名前を書き込んだときは、誇らしかった。この本を彼女と私だけの秘密にしておきたかった。(今、ここで紹介するのも惜しいくらいに。)よく、「おすすめの本は?」という質問に、誰かが答えていたりする。けれど、私は眉唾物だと思っている。本当に大事な本は、誰にも教えたくないし、ひとりじめしておきたいと思う。読書はそのくらいプライベートな営みだ。
バスの中で、私はおそるおそる四つ葉を差し出した。ティッシュに包み、葉が欠けないように慎重に持ち運んでいた。一葉でも欠けたら運の尽きだと思った。
「これ、どこにあったの?」
彼女はけげんそうな顔をして、私を見た。押し葉をしたことなど、すっかり忘れているみたいだった。
私が、『放課後の音符』を見せると、彼女は、「あぁ」と、急に顔をほどいて笑った。
「その本、どうだった?」
私は緊張して失神しそうになりながらも、しどろもどろに必死に感想を言った。自分が何を言ったかはまったく覚えていない。ただ、彼女は年上らしく鷹揚にうなずきながら聞いていた。そして、「見どころのある子ね」と言ってくれた。私は飛び上がらんばかりにうれしかった。
貸し出しカードから生まれた偶然の出会い。今の電子書籍では得られないものだった。
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