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こんな積読本があった|出会った小説:『夢十夜』

こんな積読本があった

私が子どもの頃、千円札の表面の肖像は夏目漱石でした。文豪と呼ばれた漱石の小説を親から勧められて読もうと何度か挑戦したのですが、読破できずに積読本になっていました。初めて挑戦したのは小学校の授業で冒頭を暗唱させられた『坊ちゃん』です。負けん気の強い坊ちゃんが教師になる前に飽きてしまい積読本になりました。

二度目の挑戦は中学校の夏休みに本屋で出会った角川文庫の『三四郎』です。わたせせいぞうさんの表紙に惹かれてジャケ買いをしました。主人公の小川三四郎が故郷の熊本から上京し、東京帝国大学に入学する前に積読本になりました。

三度目の挑戦は高校の授業で習った『こころ』です。整った文体、心理描写に惹かれて家にあった新潮社の日本文学全集・夏目漱石を手にしました。案の定、三部構成の上「先生と私」、先生の過去の話を聞く約束をしたところで積読本になりました。

子どもから大人になるまで、漱石の小説に少し触れては離れての繰り返し。私には読破できないと半ばあきらめていた大学生の時、奇跡が起きました。漱石の小説の大半を読破済みという読書家の女の子と出会ったのです。初めて言葉を交わしたとき、漱石の『夢十夜』の話題になりました。十編の 短編からなる小説でこれも積読本でしたが、第一夜だけは読んだことがありました。読後の感想で盛り上がり、一瞬にして距離が縮まった記憶があります。

第一夜は主人公の男が女の臨終の際に最後の願いを聞き、埋葬し百年待ち続け、待つ間に百合の花が咲き男は女の生まれ変わりと悟り、愛の深さを描いた小説でした。これをきっかけに読書家の女の子ともっと深い仲になりたい、そんな思いも手伝ってか今まで積読していた漱石の小説を一気に読みました。この時にはじめて一人で小説を読むだけでは得ることのできない、学びや視点の広がり、感想を語り合う楽しさを知りました。

それから時を経て千円札の表面の肖像も二回変わりました。たまに肖像が夏目漱石の千円札を見るたびに、二十世紀末に積読本だった漱石の本をすごいエネルギーをかけて読んだ日々のことを思い出します。


出会った小説:『夢十夜』

著者:夏目  漱石